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宮河愛一郎/ダンサー・振付家

「悔しさを引きずって踊り続けている」

2024' Feb Vol.103

Dancers Web トップインタビュー

宮河さん顔.JPG

 

― はじめてダンスに触れたのはいつですか?

 

 中学3年生のとき、運動会の応援団でダンスをやらないといけなくなった。でも全然できず(笑)。その当時は、ヒップホップグループZOOやマイケルジャクソンが流行っていてビデオを見ながら真似ていました。でも当時僕はダンサーになりたいと思ってなくて、俳優になりたくて演劇学校に入りました。

 

― それからダンサーになったのは面白いですね。演劇の一環としてダンスを習ったんですね。

 

 学校の授業でダンスを学び、卒業したあとは色々なダンススクールを転々とていました。その中で衝撃を受けたのが日本で受けたアルヴィン・エイリーのワークショップです。

 

― そこからニューヨークの留学につながるんですね。

 

 ワークショップでは作品をつくっていく過程がとても面白くて、講師の当時アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターの元副芸術監督の茶谷正純さんは、強い影響を受けた人の一人です。その後直ぐにエイリースクールに入学し、ルームメイトだった瀬河寛司くん(後にエイリーカンパニーメンバー)からも色々教えてもらい、彼からも影響を受けましたね。ニューヨークは5年滞在しました。

 

― バレエのレッスンを本格的に受けたことは?

 

 演劇学校で週3回バレエを習っていました、エイリースクールではほぼ毎日バレエのレッスンがありました。あとNoismの創設2年目に入ったメンバーなんですが、そこでしっかりバレエの基礎を学ばせてもらいました。

 

― Noismでもっとも得られたものは?

 

 Noismには8年間在籍していたんですが、引き出しをたくさんもらいました。

なにしろ金森穣さんの引き出しの量が半端ない。そしてパートナリングがすごく上手いんです。(井関)佐和子さんと組ませてもらったり、真ん中を踊らせてもらいました。

さきほど影響を受けた人の話をしましたが、今でも穣さんから大きな影響を受けています。

 

― 振付に興味をもったのはいつからですか?

 

 2001年の同時多発テロが起こったとき、ニューヨークにいたんです。

ダンサーの僕は何もできない。すごく無力感があって、ふと創作することを思い立った。

 

― 音楽はどうしたんですか?

 

 坂本龍一さんの「aqua(アクア)」にインスピレーションが沸きました。

同じニューヨークに滞在している日本人で親近感もありましたし、よく聴いてました。

「aqua」の音楽は、寂しさの中に希望が見えた気がしたんです。この作品は3分程度ですが、後日チャリティ公演に出品しました。

 

― それ以降、その曲で踊ったことはありますか?

 

 じつは、彼が亡くなった翌日、東京でワークショップの予定があって、そこで「aqua」の曲で20年ぶりぐらいに踊りました。

 

― それ以外にも印象に残っているご自身の作品は?

 

 自分の劇団の「ハッピーアワー」という作品でダンサーたちが白いシャツを着ていて、天井の上からトマトがぶらさげてある。それを白いシャツにぶつけ合うシーンをつくったんですけど、その横の窓の外からは火の手が上がっている。

 それを創作したとき、海外で戦争が起こっていたんです。自分の中で潜在的に、その意識が動いたのかもしれないです。

 

― ターニングポイントとなった舞台はありますか?

 

 Noismの『NINA-物質化する生け贄』です。国内ツアー直前に脚が痛み、その原因で急遽入院して、出演できなかった。メンバーに迷惑をかけて、痛くて悔しい。出れない悔しさ。今でも痛む時があり、悔しさを引きずってるから、踊り続けているのかもしれない。25歳だから20年前ですね。

 

― ダンスから離れようと思ったことはありますか?

 

 元々の夢である俳優を志すなら、ちゃんと演劇の大学に行かなきゃいけないかなと考えたのが27歳のとき。30歳を直前にして一瞬あがきたくなったのかもしれない、行きませんでしたけど(笑)。

 

― 現役ダンサーでありながら、劇団を立ち上げた珍しい経歴ですね。

 

 「劇団ピンクドクロ」を2010年に藤井泉さんと立ち上げました。

ピンクは愛とエロス。ドクロは死。愛と死は普遍的で誰もが持っているもの。

自分の人生のテーマをポップに包んで、でも社会的に重いメッセージも含んでいる。

お客さんが笑いながら観れるような内容で、でも劇場からの帰り道にふと「あれ?」って

そのメッセージ性に気づくというか、そんな作品をつくりたい。

 

― 演劇とダンスで表現方法は変わりますか?

 

 最近は劇団などにも振付をしていますが、演劇とダンスの狭間のようなムーブメントを伝えます。たとえば、焦る心情など心の動きを踊りにするというより、動きとして取り入れて伝えるので、僕にとっては演劇もダンスも同じ表現ですね。

 

― 演劇界でもっとも記憶に残る出演舞台は?

 

 2019年に出演したミュージカル『ラ・マンチャの男』です。

僕は舞台上にずっといる役だったんですが、主演の松本白鸚さんの身体の中から溢れるオーラがすごかった!歴史を刻んでいるからこその存在感というか、言葉に表せないすごい感動でした。

 

― ダンサー/振付家としての「美学」はと問われたら?

 

 振りを付けておいて、踊るなって僕は言うんですよ(笑)。

踊りにすがると踊りのカテゴリーにはまってしまう。僕は、「踊っています」だけでは終われないというか、その先に行きたい。その先に何があるか、を見たい。あえて言うなら、「踊りを踊るな」というのが美学ですかね。

 

― 3月に出演する、REVO2024『Sea Horse』劇場版『Lost』はどんな舞台になりそうですか?

 

 今回の『Lost』で僕は「記憶を売る男アイチ」の役で登場しますが、そのアイチの周りでの様々な人のエピソードが繰り広げられます。「記憶」と言うものに翻弄される模様を色んなキャストと共に見出してゆきます。

 

― 記憶と聞いてイメージすることは?

 

 過去ですね、過去はけっこう好きです(笑)。過去があって今があるから。

小さい頃の家の風景や日の当たる景色など明確に覚えています。3,4歳の記憶が鮮明にあります。そういう子どものころの記憶が、自分の表現をつくるときにベースになっています。

 

― 創作・演出・振付・制作の広崎うらんさんとの出会いは?

 

 18歳ぐらいですね。僕がダンススタジオに通っていて、そこで受付のアルバイトしていました。うらんさんがゲストコレオグラファーで来ていて、なぜか僕も出演させてもらうことに(笑)。

その作品は、紙袋みたいなものをかぶって暴れるみたいな感じだったんですが、ダンスはひとつの言語なんだというのを最初に教えてくれた人でした。この業界では一番長いお付き合いです。

 

― 同じ振付家として、うらんさんのクリエーションはどう感じてますか?

 

 うらんさんとは抱いている表現が近いですね。答えがないものを出すというのでしょうか。戦争反対など明確なメッセージを込めた作品や、純粋に綺麗なものをつくりたいというコレオグラファーもいますが、僕はどちらかというと、言語化できないものを出していくタイプかな。

うらんさんもそうですね。だからとても心地良いです。その人の味を活かしながら引き出すという、ダンサーを料理するのが上手です。

 

― 音楽はどのようなジャンルになりますか?

 

 音楽は笠松泰洋さんと、かみむら周平さんが担当します。

パーカッションの渡辺庸介さんによるオリジナルミックスも予定しています。

 

― 今回も多彩なゲストですが、共演者の中でもっとも多く踊っているダンサーは?

 

 平山素子さん。人間が魅力的で面白い人。スイッチが入るといきなり踊り出す(笑)。

素子さんがPOISONという作品の再演の際にアクロヨガというのを見つけてきて、初演とは違う表現を見い出したんです。その技の土台になったのは僕なので、そのスキルも学ばせてもらえたんですけどね(笑)。どんな状況になっても、常に新しいものに向かっている。すごいです。

 

― 今後挑戦したいことをシェアしてもらえますか?

 

 この世界に入ったのも映画監督の黒澤明さんに憧れて、黒澤映画に出たいと思っていた、そのときの夢が記憶として身体にまだあって、その夢をまだあきらめていない。いつか俳優として映画に出演できたらという思いはありますね。

 

 

REVO2024「『Sea Horse』劇場版『Lost』

2024年3月26日(火)、27日(水)東京芸術劇場 シアターイースト

https://www.geigeki.jp/performance/20240326te/

【宮河 愛一郎プロフィール】

埼玉県出身、関東国際高等学校演劇科卒業後ニューヨークAileySchoolに留学。在米中GAPのTVコマーシャルに出演。madonna world tour 2012 NYオーディション3000人の中から最終候補12名に選ばれる。劇団四季のAIDAにオリジナルキャストとして出演。日本初の公的資金によるダンスカンパニーNoismではダンサー兼バレエマスター、ワークショップ担当を任され国内ツアーほか、海外7カ国、10都市での公演に出演。現在は森山開次、白井晃、倉持裕など多くの演出家の作品にダンサー、俳優としてを出演。また映画監督大森立嗣との共同ワークショップ講師をはじめ、舞台や映画の振付家としても精力的に活動している。桐朋学園芸術短期大学演劇専攻非常勤講師、劇団ピンクドクロ主宰。

http://aiichiro-miyagawa.com/

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